カカオの香り
・・・どうしよう。
日向子は自分の席から彼の ――― 翔太の後姿をチラリと眺めては、溜め息をついていた。

これじゃあ授業なんてちっとも頭に入らない。

ラッピングは随分前に、姉の美奈子と町の中心街へ出たときに買い揃えた特別なやつだった。
彼の好きな深い緑色の紙と透明なカバーを、白と赤の細めのリボンで結んだ、ちょっとおさえめな印象の包装紙。

ケーキは失敗したけれど、どうしてもあきらめられなくて、ぺしゃんこだけど何とか食べられそうな部分を選んで 包んできたのだ。日向子の気持ちと一緒に。
昼休みには友達とチョコを分け合った。
早紀のお菓子は、しっとりと濃厚なチョコレートケーキだった。
日向子が持ってきた美奈子のトリュフは、口に広がるブランデーの香りが大人の味だと概ね好評で、分けてもらってきて良かった、と胸を撫で下ろした。

放課後になっても決心はつかなかった。
みんなと一緒に帰る気にもなれず、一人残って机の上に突っ伏した。

―――だめだぁ・・・。
やっぱりこんなバレンタインプレゼントなんてあげられるわけない。昼間の早紀の満足げな顔と甘いチョコレートケーキを思い出す。

・・・・・・がっかりされたくない。

かばんからプレゼントを取り出して、机の上に置いた。
緑の包装紙を見ながら、ごろんと机の上に首だけ寝ころがる。
まだ春の遠いこの時期、夕日もあたらない教室は、ストーブの香りを残してすぐ冷える。
頬にあてた机は、身震いしそうなくらい冷たかった。
プレゼントのこれからを想って、日向子はちょっと情けなくて悔しくて、口をとがらせた。

ガラガラッ。 教室の扉が開く。

「あれ?日向子。なにしてんの?」

日向子は慌てて顔をあげる。
今日一日こっそり見つめていた当の本人が、そこに、いた。


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