惰眠
―――であるからして―――。」

ジジジジー、ジジー・・・。
蝉の声が聞こえる。

「この角度を―――として sinθ= BC、とする。よって―――

単調な教師の低い声が響く。
まるでゆったりとした呪文を唱えられているようだ。
教師の声は段々と遠ざかる。

べたつく喉をなぞるように汗が、つ、と流れた。

その不快さに、ほんの少し意識を取り戻す。
姿勢はさっきのままだった。黒板を写そうとシャーペンをノートに向けている。

ジー、ジジーーー。
近く蝉がとまってる。うるさいくらいだ。

教室内にはむわりとした湿った空気が溜まっていた。
外は太陽に照らされて目にしみる。教室内の薄暗さが逆に眩しい。
窓から風が吹き込んでいるがちっとも涼しくなく、むしろ外のコンクリートの熱気を吹き込んでいるようだ。息がしづらい。


―――である。すなわち、斜辺の長さを1とすると―――

――かくり、と頭が落ち、また少し意識を取り戻す。
ノートの上にはのたくったようなミミズが描かれていた。

汗のにじむ額を腕でぬぐう。ぬるり、とした。
腕にも汗が浮かんでいる。
いや、腕だけではない。一瞬寝てしまっただけなのに、なんで起きている時より全身汗だくになるんだろうか。

いや、それより。

昨日は早く寝たんだけどな。
そう思って寝苦しかった昨晩を思い出す。
そういえば今年初の熱帯夜だって誰かが言ってた・・・
誰だっけ・・・――――


―――は重要だぞ!!わかったか!」
突然の大声とともに、カツカツとチョークで黒板を叩く音が教室内に響いた。

ハッとして再び遠くなりかけていた意識を無理やり呼び起こし、あわてて教科書にチェックする。

「これはぁテストに出すからなぁ!!夏休み前だからって聞いておかないと後悔するぞー!!」

静かだった教室がざわざわと不満そうにさざめいた。


汗で首に張り付いた髪をはねる。
むわりとした空気が首筋に流れ込んできた。


「じゃあ、64ページを開いて――――――。」


ノートに先程の部分を書き写す。
だいじょうぶ。平気、へーき。だって明日から夏休みだから――


―――であるからして―――。」

ジッ、ジジジッ。

近くで鳴いていた蝉がどこかへ飛んでいったのを、遠くなる意識の端で聞いていた。










<了>
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この作品はネット小説ランキング「NNR夏のお題100」のうち、
1.「夏休み」、99.「最後の一日」を使用させて頂いております。

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