カカオの香り
ドアに手をかけた翔太は、不思議そうな顔をして教室へ踏み込んだ。
「何って・・・と、特に。・・・し、翔太くんこそ今頃どうしたの?」
勢いよく踊りだした心臓に眩暈を起こしそうになりながら、あわてて見えないように腕の中にプレゼントを囲い込む。

「いや、友達から借りた本、忘れちゃってさ!」
翔太は自分の机から本をとりランドセルにねじ込むと、そう言ってニカッと歯を出し、笑ってみせた。
彼はそこで一瞬何か考えたかと思うと、いきなり日向子の前の席の椅子をひき、後ろ向きに座った。

椅子の背に腕を置いて日向子に向かい、もう一度歯を見せて笑った。

「・・・・・な、なぁに?」
日向子はプレゼントをかこった腕をそろりと手前へ引いた。

「なっ、それチョコだろ?」
「・・・・・・・・。」
「誰かにあげるの?」
「・・・・・・・・・・ううん。」
「ふぅん。 じゃ、くれ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
目の前に差し出された手と翔太の顔を交互に見て、まばたきを5回、した。


翔太の手が腕の中のプレゼントに伸びたのを見て我にかえり、
「ダメッ!!」
とプレゼントの上に伏せた。

伸ばされた手が日向子の頭にコツン、と落ちた。

「何だよーあまってるならくれよー!」
翔太は頭の後ろで腕を組んで、のけぞりながら訴える。
「俺、もう腹へったよ〜!!これからクラスの奴らと野球すんだ!腹が減っては戦は出来ぬ!だろ?」

「・・・・・ダメ。 ダメなものはダメ。」
日向子は伏せて、内心複雑な気持ちで答えた。

腹減ったー腹減ったーと、それでもあきらめそうもない翔太に、日向子は少しあきれて、顔を上げた。
これは理由を言わねばならないだろうか。
あんまり情けなくて泣きたくなった。
しかし日向子は観念して、失敗したケーキだから食べてもおいしくないのだと、正直に話した。

「・・・・・・食べたのか?」
翔太は真面目な顔で日向子に聞いた。
日向子は首を横に振った。
それを見た翔太は勝ち誇ったように言う。
「じゃ、食べてみなきゃそんなことわかんないだろう?」

そういって日向子の腕の中から、可愛らしい緑の包みを、ひょいと取った。

「あっ・・・・・・。」
「いいだろ?」
といつもの笑顔で微笑むと、ラッピングを解き始めた。

誰もいない教室に包装紙の音がやけに響く。

翔太は中のケーキをつまむと、一気に口の中へ放り込んだ。
下を向いて食べる。翔太の明るく短めの髪がゆれた。


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