カカオの香り
3
ドアに手をかけた翔太は、不思議そうな顔をして教室へ踏み込んだ。「何って・・・と、特に。・・・し、翔太くんこそ今頃どうしたの?」 勢いよく踊りだした心臓に眩暈を起こしそうになりながら、あわてて見えないように腕の中にプレゼントを囲い込む。 「いや、友達から借りた本、忘れちゃってさ!」 翔太は自分の机から本をとりランドセルにねじ込むと、そう言ってニカッと歯を出し、笑ってみせた。 彼はそこで一瞬何か考えたかと思うと、いきなり日向子の前の席の椅子をひき、後ろ向きに座った。 椅子の背に腕を置いて日向子に向かい、もう一度歯を見せて笑った。 「・・・・・な、なぁに?」 日向子はプレゼントをかこった腕をそろりと手前へ引いた。 「なっ、それチョコだろ?」 「・・・・・・・・。」 「誰かにあげるの?」 「・・・・・・・・・・ううん。」 「ふぅん。 じゃ、くれ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 目の前に差し出された手と翔太の顔を交互に見て、まばたきを5回、した。 翔太の手が腕の中のプレゼントに伸びたのを見て我にかえり、 「ダメッ!!」 とプレゼントの上に伏せた。 伸ばされた手が日向子の頭にコツン、と落ちた。 「何だよーあまってるならくれよー!」 翔太は頭の後ろで腕を組んで、のけぞりながら訴える。 「俺、もう腹へったよ〜!!これからクラスの奴らと野球すんだ!腹が減っては戦は出来ぬ!だろ?」 「・・・・・ダメ。 ダメなものはダメ。」 日向子は伏せて、内心複雑な気持ちで答えた。 腹減ったー腹減ったーと、それでもあきらめそうもない翔太に、日向子は少しあきれて、顔を上げた。 これは理由を言わねばならないだろうか。 あんまり情けなくて泣きたくなった。 しかし日向子は観念して、失敗したケーキだから食べてもおいしくないのだと、正直に話した。 「・・・・・・食べたのか?」 翔太は真面目な顔で日向子に聞いた。 日向子は首を横に振った。 それを見た翔太は勝ち誇ったように言う。 「じゃ、食べてみなきゃそんなことわかんないだろう?」 そういって日向子の腕の中から、可愛らしい緑の包みを、ひょいと取った。 「あっ・・・・・・。」 「いいだろ?」 といつもの笑顔で微笑むと、ラッピングを解き始めた。 誰もいない教室に包装紙の音がやけに響く。 翔太は中のケーキをつまむと、一気に口の中へ放り込んだ。 下を向いて食べる。翔太の明るく短めの髪がゆれた。 |
目次へ戻る
TOPに戻る |